その家に、何十年分もの時間が残っていた
こんにちは、才光不動産です。
日曜日は少し立ち止まって、仕事の中で出会った「人と家の物語」を書こうと思います。数字でも法律でもない、もっと柔らかい話です。
ある秋の午後、内見の案内で訪ねた一軒の家がありました。築40年を超える木造の戸建て。売主は遠方に住む娘さんで、亡くなったお母様が長年ひとりで暮らしていた家だと教えてくれました。
鍵を開けた瞬間、空気が違いました。古い木の匂いと、どこか人の気配が混じったような、不思議な静けさ。片付けはほとんど済んでいたのに、その家はまだ「生きている」ように感じました。
残されたものが語りかけてくること
玄関の上がり框には小さな傷がいくつかありました。子どもたちが駆け回ったときについたものか、それとも長年の荷物の出し入れによるものか。台所の壁には小さなフックが並んでいて、そこに何が掛かっていたのかが容易に想像できました。
縁側に出ると庭の木が大きく育っていました。誰かが植えた木です。誰かが水をやって育てた木です。その木が今も静かにそこに立っているという事実が、なぜかずっと頭に残りました。
不動産の仕事をしていると「物件」という言葉を何百回も使います。でもこういう家の前に立つと、その言葉が少し申し訳なくなります。これは物件ではなく誰かの人生の舞台だったのだと。

「次の人に大切にしてほしい」という言葉
後日、娘さんから連絡があったとき、ひとことだけこう言われました。「次に住む方に、大切にしてもらえますか」と。値段の話でも条件の話でもなく、その一言が先にきたのです。
この仕事をしていてよかったと思う瞬間があるとすれば、こういう瞬間です。売買の数字の向こうに、こういう感情がある。そのことを忘れずにいたいと、改めて思いました。
その家はのちに、子育て中の若い家族に引き渡されました。契約の日、娘さんは一枚の写真を買主さんに手渡しました。お母様が庭で撮った写真でした。買主さんは「大切にします」と言って、その写真を受け取りました。

家は売れても、時間は売れません。でも時間の痕跡は次の人に手渡すことができます。不動産の仕事とはそういうことなのかもしれないと、あの秋の午後からずっと考えています。
本日は以上です。
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