庭の手入れだけが
唯一の会話だった。
こんにちは、才光不動産です。
ある戸建ての売却相談に伺ったとき、案内してくれたのはご主人でした。奥様の姿は見えませんでした。庭がとても丁寧に手入れされていて、季節の花が並んでいたのが印象的でした。「素敵な庭ですね」と伝えると、ご主人は少しだけ表情を緩めて「妻が好きで、ずっと手入れしてきたんです」と答えました。
話が進むうちに、奥様が認知症を患っていて、施設に入られたことがわかりました。家を売る理由は、施設の費用と今後の生活のためでした。

ご主人が言ったことが、忘れられません。「妻は施設に入ってからも、庭のことだけははっきり覚えているんです。面会に行くと、花の名前を聞いてくる。それで毎週、庭の様子を写真に撮って持っていっています」。淡々とした口調でしたが、その淡々さの奥に深い愛情があるのが伝わりました。
長年の夫婦の間で、言葉のやり取りが少なくなっていく時期は誰にでもあります。でも庭の手入れというひとつの行為だけは、ずっと続いていた。それがふたりをつなぐ「唯一の会話」になっていたのかもしれません。家を売ることが決まってから、ご主人は庭の手入れをいつもより丁寧にしているようでした。「最後にきちんとした姿を見せたい」というその気持ちが、私には痛いほどわかりました。
売却が進む中で、買主となったのは小さなお子さんのいるご家族でした。内見の際、奥様が庭を見て「お花がたくさんあって素敵ですね」と言いました。ご主人はその場で少し涙ぐみながら「これまで手入れしてきた庭です。もし良ければ、このまま大切にしてもらえたら」と伝えました。買主の方は「はい、大切にします」と即答しました。
引き渡しの日、ご主人は庭の手入れの道具を一式、買主に手渡しました。「使い方も少し説明させてください」と言って、ひとつひとつの花の名前と育て方を伝えていました。その姿は、家を渡すというより、奥様との記憶を次の人に託しているように見えました。

家には、言葉にならない関係の記憶が宿ることがあります。庭の花がその記憶を運び続けてくれることを、私はあの日のご主人の姿から学びました。
本日は以上です。
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